楽しいお店♪

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*楽しいお店♪

鳥取市内を車で走っていたら、「時代物専門店」という看板を見かけました。

興味があったので、もちろん寄ってみました(o^_^o)v!!!

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お店の名前は「風庵」さんとのことです。

あいにくこの日は定休日でした。

右側のオロナミンCのホーロー看板、これは今でもよく見ますが、大村崑さんは言うまでもなく、この看板にはなかったものの、巨人の星やアタックNO1、そして黄金バットのイラストも、描かれてましたよ~。

なおオロナミンCは、卵黄と混ぜて飲んだら美味しいと、当時のCMで大村崑さんが言ってましたので、当時小さかった私も真似して飲んでみたのですが、これはマジに美味かったでちゅ。

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ホーロー看板以前の、歴史ある木製のものも、たくさんあります♪

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またまたホーロー看板ばっかりです。

昔は汽車に乗っていたら、沿線の民家によくホーロー看板が貼られていて、いい宣伝になったいました。

現在でも田舎のローカル線では、たまに見ることがありまちゅ。

それにしても企業は、ホーロー看板を貼らさせている民家に、いくばくかのお金を払っていたのだろうか?

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ボンカレーもホーロー看板では、オロナミンCと並んで、多かったですよね♪

写真中央の「エスエスチェーン」、これは現在のエスエス製薬の看板なんでしょうか?

皆さんご存知の通り、私の息子のニックネームは、「プルルン裕希」で、プルルンの意味は「可愛いウサギちゃん」なんですよ~

鳥取市と言えば「因幡の白兎」だけに、私は否が応でもウサギちゃんが好きになるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

選挙の時だけお願いかよ!

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*選挙の時だけお願いかよ!

先日仕事帰って、ポストを見たら、暑中見舞いと思われるハガキが入っていて、差出人名が八尾民商民主商工会)の元事務局長である、M川さんからでした。

私はなんか嫌な予感がしたのですが、案の定今月21日に投票される、参議院選挙への、共産党への支援のお願いでした。

それにしてもM川さん、八尾民商の70周年記念誌はくれなかったのに(元副会長のF戸さんがくれたから、いいようなものの)、選挙の投票お願いハガキだけは、しっかり送ってきた、何とも図々しい話ですよ~。

まあM川さん、共産党にはもちろん、自民党公明党、維新の会には、絶対投票しないので安心して下さい♪

私も八尾民商時代は、選挙の時にこの選挙ハガキの宛名書きをさせられたものですよ~。

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私は民商を退職後、即共産党の方も離党しましたが、志位委員長に好感は持っています。

彼は今までにない現実路線を進めているので、そこがいいとこなんですが、共産党の古くからの古参守旧派党員からは、かなり評価が悪く、「志位はさっさと辞めてしまえ!」という不満も、結構あるのでちゅ。

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ハガキと一緒に、共産党のビラも入ってましたが、この辺の図々しさは、大したもので、これぐらいの根性があれば、共産党も一度ぐらいは連立政権の一員に入ってたかも知れませんし、それが無理なら閣外協力はしているかも知れなかったです(o^_^o)v!!!

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裏面は共産党を推薦する著名人のコメントが載っています。

右上の同志社大学大学院の浜教授は、共産党支持者の急先鋒です。

かつては作家の松本清張さん、俳優の森繁久彌さん、などなど、意外な大物が応援していました♪

それにしても、八尾民商の前事務局長として、善政を敷いた私ですが、守旧派との権力闘争に巻き込まれて、大阪市都島区の都島民商に異動して、そこの幹部とも合わなくって、6カ月でまたまたケンカ別れ(逆に6カ月も続いたのが不思議!)して、前述の通り共産党も離党したわけですが、ホントそんな私に「共産党への清き一票を」とお願いするのですから、M川八尾民商元事務局長をはじめ、厚顔無恥もいいとこだっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

お城はなくても、「白亜の洋館」はあります♪

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*お城はなくても、「白亜の洋館」はあります♪

上の写真は、鳥取市のシンボルである、明治洋風建築である「仁風閣」(じんぷううかく)です。

JR西日本のCMにも、このアングルである映像が使われていまちゅ。

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仁風閣の北側にある、鳥取市の象徴である久松山には、鳥取城址の石垣が今でも健在で、歴史的に貴重なものは、復元もされています(o^_^o)v!!!

鳥取城を復元させようという話もかつてはあったのですが、建築当時の設計図がなくって、歴史考証がないものを、仮に個人の私財で造っても意味がないので、現在のままででよろしいです。

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白亜の洋館である仁風閣に近づいてきました。

仁風閣は国の重要文化財に指定されていますよ~。

そもそもは旧鳥取藩の池田仲博元藩主の別邸として建てられたみたいですが、明治時代終盤に、皇太子(後の大正天皇)が鳥取市に来た時の。宿舎になったのでちゅ。

敷き詰められた小石が美しいです。

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上の写真は日露戦争日本海海戦で総司令官だった、東郷平八郎直筆の扁額です。

ブログ友のiirei様が、この扁額に以前から興味を?持たれていて、今回写真を公開した次第でちゅ。

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仁風閣の2階からは、鳥取県庁本庁舎(手前の茶色い建物)、同じく第2庁舎(本庁舎の奥の、屋上にアンテナがある建物)、鳥取県警察本部(県庁の左側)が見えます。

鳥取県庁の本庁舎を見たら、いつもそこで勤めていた父親を思い出しますよ~。

いうまでもなくここは、鳥取県の中枢と言えるのです。

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仁風閣の中には、さまざまな部屋がありますが、ちょっとだけ紹介します。

上の写真は「謁見室」で、皇太子(大正天皇)がここで、鳥取市の政財界の方々と会っていたのでしょう。

写真左中央の、鏡の下にあるのは暖炉で、仁風閣の各部屋には、ほぼありました。

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ここは「御食堂」です。

円卓テーブルが美しいですが、先の謁見室と同じく、椅子やテーブルと言った調度品は、当時のものと一緒なのでしょうか?

まあ「手を触れないで下さい」という、注意を喚起する表示もありますので、オリジナルなら大したものです♪

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照明(シャンデリア)も、いい味を出しています。

確か仁風閣は、鳥取市で初めて電灯がついた建物で、そのため現在の鳥取市国府町上荒船に、水力発電所(現在もありますが、メッチャ小さいです)を造って、電気を通したようでちゅ。

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仁風閣の見どころは、やっぱりこの美しい「螺旋階段」ですよ~。

これを見なかったら、ドイツに行って、ブランデンブルグ門や古城を見ない、フランスに行ってパリを訪れない、アメリカニューヨークに行って、自由の女神を見ないのと同じことです。

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正面とは反対側から見た仁風閣です。

表と裏とでは、雰囲気が違いますし、日本庭園との組み合わせが、これまた似合っています♪

鳥取市にはお城はなくても、仁風閣がその代役を、十分に果たしとるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

アクティビティ♪

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*アクティビティ♪

上の写真は、鳥取県東部地域名物である、ピンク色のタクシーで、女性からえらい人気があるとのことです。

ブログ友である白魔女様(whitewitch様)は、ピンク色が大好きなので、私の夢は白魔女様ご夫妻を、鳥取県に招待して、このピンクタクシーにご乗車して頂くことですよ~

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静止写真なので分かりにくいですが、イカを機械で回転させて、干しているのでちゅ。

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今回は鳥取県の最東端に位置する、岩美郡岩美町の網代港から遊覧船に乗って、山陰海岸国立公園ジオパークを回る、「浦富海岸・島めぐり」の観光を行います(o^_^o)v!!!

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遊覧船は網代港を出て、外海に入ったら、スピードアップします。

向こうに見える砂浜は、鳥取砂丘です。

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いよいよ海上からの、浦富海岸観光が始まりました。

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日本海の水平線も見えます。

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海上からは、さまざまな美しい岩肌や岩礁を見ることができて、まさに「自然の芸術」です。

かつて文豪島崎藤村が、浦富海岸を観光した時、「松島(宮城県)は松島、浦富は浦富」と、「山陰松島」の別名を持つ浦富海岸のことを、えらく褒めて下さったのです♪

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日本海の水の透明度の高さ、これは美しいですよ~。

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上の写真の島は、「菜種島」と言って、春先には菜の花が咲き乱れます。

私も何度も陸上の展望台から、名の花が咲く光景を見ましたが、本当に美しかったです。

ただ一つ思うことは、塩分が混ざった海風で、吹きっさらしになっているのに、菜の花が咲くのが、これまた不思議でちゅ。

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シーカヤックを楽しんでいる方もいました。

まさに鳥取県は「自然と戯れることができる」、「アクティビティ天国」ですよ~。

遊覧船に対して、手も振ってくれました。

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遊覧船は40分の航行を終え母港網代港に帰って来た後、乗船場の中にある、食堂あじろやさんで、昼食を食べました。

私が頼んだのは、950円の煮魚定食です♪

もちろんメニューには、刺身定食や海鮮丼、カレーライスもあります。

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煮魚定食の主役である、カレイの煮付けでちゅ。

網代港は、鳥取県西部地域に位置して、ズワイガニの漁獲高が日本一+大型クルーズ船も寄港する、境港とは規模が全然違いますが、獲れる魚の鮮度は高いので、ホント美味しかったです♪

鳥取県は「全県公園化」を宣言して久しいですが、海や山など自然と一緒に遊べる、アクティビティの高さは、本当に47都道府県でも、上位で5本の指に入ると、確信しとるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

 

 

初夏の鳥取砂丘♪

*初夏の鳥取砂丘

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来月には参議院選挙があります。

鳥取県島根県は、同じ選挙区に前回からなってますが、いくら「一票の格差」を是正するためと言っても、山陰両県の合区は、いかがなものかと思います。

格差を是正するなら、東京都とか人口が多い県の定数を、増やせばいいだけでちゅ。

なおアメリカでは、日本の参議院に当たる上院は、人口が多い少ない関係なしに、各州で定数が一緒なんですよ~。

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今日は初夏の鳥取砂丘に行って来ました♪

平日のため、観光客はまばらでした。

昨年「ポケモンGO!」のイベントが、鳥取砂丘で行われた時は、凄い人出で、なぜか砂丘とは正反対である、私の家の近くまで、ポケモン探しに来た人も結構いたとのことです(o^_^o)v!!!

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砂丘の緑色のとこは、オアシスです。

この日は水が枯渇してました。

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うっすらと波打った砂の模様があるでしょ?

これは「風紋」というもので、私も一度謁見したことがある、ブログ友のmiyotya様が、とても風紋に興味を持たれているのでちゅ。

もっとはっきりした風紋を見るなら、早朝に行くのがいいみたいです♪

以前静岡県浜松市にある、「中田島砂丘」(ウミガメの産卵地で有名)に行った時は、鳥取砂丘よりも、くっきり風紋が現れてました。

なお私は、「日本三大砂丘」である、鳥取、中田島、九十九里浜(千葉県)の全てを制覇してますよ~。

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鳥取砂丘名物(食べ物の意味ではありません)である、ラクダと私です♪

ラクダちゃんと一緒に撮影するには、100円を支払う必要がありますが、スタッフの方に私のカメラを預けたら、6枚も撮ってくれましたよ~。

もちろんさらにお金を払えば、ラクダちゃんに乗ることもできます。

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鳥取砂丘山陰海岸国立公園(+ジオパーク)ですので、わざと落書きするは禁止されていますが、たまに観光客が知らずに、落書きをしてしまいます。

まあ悪意はないでしょうが、落書きはもちろん、国立公園ですので、細かいことを言えば、砂丘の砂を持って帰るのもいけなかったと思いまちゅ。

外国人の観光客も多いので、英語、中国語、韓国語でも、注意を喚起することが書かれています。

それにしても初夏の鳥取砂丘、天気も良く、気温もさほど暑くなくって、爽やかな気持ちになれたっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

 

未来の地図帳♪

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*未来の地図帳♪

講談社現代新書さんから、面白そうな本が発売されています。

地理好きの私には、ぴったりの本かも知れません(o^_^o)v!!!

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今から26年後である、2045年の各都道府県の予想人口が書かれています。

なお我が鳥取県は、現在の57万3千人から、44万9千人になるとのことです。

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高知県は現在人口が72万8千人ですが、こちらは49万8千人と、減少率は鳥取県とは比べものになりませんよ~。

鳥取県はずっと人口最小県ですが、面積も狭く、現在「人口密度」は人口が209万9千人いる、長野県と同じほどなんです。

それも鳥取県の場合、県東部の鳥取市、そして県西部の米子市といった「ダブルエンジン」で動いてますが、高知県の場合、高知市一極集中のため、人口激減時のダメージが、大きいようでちゅ。

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東京都の人口は、減るどころか、現在の1351万5千人から、9万2千人も増えているのは、まさに「東京一極集中」を象徴しています♪

なお西日本の雄県である大阪府の人口は、現在883万9千人で、現在でも東京都との人口差は467万千人と、かなりの差がありますが、2045年には、大阪府の人口は733万5千人と、150万4千人も減って、東京都と大阪府の人口差は、なんと627万2千人まで広がるのですよ~。

さらに大阪府と愛知県の人口差も、現在は135万6千人ですが、これも2045年には43万6千人まで縮まるのでちゅ。

もうここまで来たら、大阪府と言うか、関西の地盤沈下は止まることがなく、「大阪万博」「カジノ」では、さらに傷口を広げるだけですし、東京都以外の盟主は、愛知県になると思います。

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大阪府がこんな調子ですから、他の「都会」と言われる都市も、のほほんとはしていられません。

来年には私の長甥が住んでいる静岡市が、「70万都市の看板を下ろす」と書かれてますが、静岡市より人口が10万人だけ多い、浜松市天竜と言った山間地域まで合併して、無理して県都静岡市より人口を増やしているので、同市も同じ道を辿るはずでちゅ。

なお前出の通り、我が鳥取県は2045年には、人口が44万9千人まで減少する予想ですが、鳥取県の最高人口は、どうしても62万人の壁を破れなかったので、最盛期より約16万人余りしか減らんということだっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

ついに入手!

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*ついに入手!

昨日ドラッグストアに買い物に行った後、私の元職である八尾民主商工会(八尾民商)の前を通ったら、丁度元副会長だった、F戸さんとばったり会いました。

F戸さんとはいろいろ話をして、その後「これやるわ」と、車の中からあるものを取り出し、私に渡してくれました。

それが上の写真の「八尾民商創立70周年」記念誌だったのでちゅ。

この記念誌は2017年(平成29年)8月に発刊され、当時の私は、前任者だったM川元事務局長に「70周年記念誌を下さい」と言ったら、彼は「マツケン君(実際は本名)は70周年記念誌をもらう権利がある」と話していたのです。

ところがいつまでたっても、記念誌をくれないので、M川さんには何度も電話して、お願いしたのです。

そうこうしているうちに、昨年M川さんから手紙が来て、「八尾民商70周年の冊子の件で、マツケン君(実際は本名)に送るのは、M川さん(実際は本名)にまかせますとのことでした」と書かれてました。

やはり私は八尾民商とケンカ別れしただけに、私の憶測では「あんな奴(マツケン)に、八尾民商の70周年記念誌を渡すなぁ~!」といった、会長や副会長、そして現事務局長であるG給君の考えが強く働いていたと思いますよ~。

なお記念誌をくれたF戸さんは、私が1996年(平成8年)に八尾民商に入局した時、この方が支部長をされている地域を担当することになって、いろいろお世話になったのです♪

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今年4月の八尾市長選挙で、大阪維新の会の候補者に敗れて落選した、田中誠太前市長も、当時は現役でしたので、八尾民商の70周年に寄せて、祝辞文を書いてくれています(o^_^o)v!!!

でもこのように祝辞を寄せてくれた市長に、八尾民商など共産党グループは、刺客を送り込んだのですから、本当に訳が分からないでちゅ。

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これは懐かしい、大阪府唯一の路面電車を借り切って、車内で宴会をした「阪堺電車の旅」です。

この企画は当時事務局長だった私が企画段取りをして、酒類など飲み物や食べ物は、阪堺電車天王寺駅前停留所に近い、大阪市の浪速民商や、阿倍野民商の会員に頼んで、手配してもらったのです。

私も写真奥の右側に写っています。

でもケンカ別れした者の姿を、このような記念誌に載せてもいいのだろうか?

なお路面電車ですが、丁度ブログ友であるSPYBOY様が、京都市で唯一の路面電車である、嵐電(らんでん)のことを、アップして下さってますよ~。

別ページには、八尾民商70年間の歴代会長、副会長、事務局長の名前も掲載されてましたが当然事務局長代理を5か月+事務局長を8年務めた、私の名前も載っています♪

それにしても八尾民商のN川元事務局長が渋っていた、70周年記念誌が入手できたのは、前出の通り私がたまたまF戸さんとお会いできたからで、まさに「犬も歩けば棒に当たる」状態だっちゃぁ~(^o^)ノ!!!