凄い!1.5倍の増便!!!

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凄い!1.5倍の増便!!!

鳥取県東部を走っている、第三セクター若桜鉄道に乗って、八頭郡若桜町(やずぐん わかさちょう)まで行って来ました♪

↑の写真の列車は、若桜鉄道の観光車両である「昭和」号で、同社のディーゼルカー(架線からパンタグラフで電気を取って、モーターを回して走る「電車」ではないので、あしからず)WT3000形を基本に改造されて、エンジン出力は一両当たり、330PSと力持ちなんです(o^_^o)v!!!

なお智頭急行の特急スーパーはくと号に使われている、HOT7000系ディーゼルカーは、一両に355PSエンジンを2台積んでますから、710PSという超力持ちで、その上を行くのが、JR西日本のキハ187系やキハ189系特急用ディーゼルカーは、なんと一両に450PSエンジン×2台なんですから、スーパーはくと号のHOT7000系よりも、加速がさらに良くって、電車と遜色ないですよ~。

自動車も電動化の動きが進みそうで、ハイブリッドですら販売禁止になる国や州もあり、ガソリン車は槍玉にあげられてますが、鉄道車両は安全性を考えて、非電化区間では引火点が高い(つまり、いざ事故が起こった時に、発火しにくい)軽油を燃料にしたディーゼルカーが使われていて、ガソリンエンジンと比べて二酸化炭素をさほど出さないので、生き延びることはできるでしょうか?

まあ今回の記事は、鉄道メカについての話ではないので、ここでやめておきませう!

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若桜駅駅名標です。

昔の国鉄と同じデザインで、「鳥取県八頭郡若桜町」と、駅の所在地を書いてくれているのがありがたいでちゅ。

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若桜駅構内にはDD16形ディーゼル機関車や、C12形蒸気機関車が、動く状態で置かれていますよ~。

C12形蒸機の隣にあるモスグリーンの円型構造物は、かつて若桜鉄道(当時は国鉄若桜線)を走っていた蒸機のために、石炭と同じく大切な動力源である、水を補水するための給水塔で、写真には写っていませんが、機関車の進行向きを変える、転車台もあるのです♪

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若桜鉄道の社員の方が、列車をキレイきれいに清掃しています。

洗車機はないので手洗いするのですが、飛行機と同じくそうしたら、車両の不具合も見つかりやすいでしょう。

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若桜鉄道には、前述のディーゼル機関車蒸気機関車だけでなく、色んな車両があります。

上の青い車両は、国鉄時代に大阪万博での団体輸送を当て込んで造られた、12形客車で、ブルトレ寝台特急と同じく、青い車体なんですが、12形は座席車です。

ただ錆も目立つのが気になりますが、これも募金(銚子電鉄みたい!)で何とかするでしょう?

他にも長野電鉄から譲渡された、ト6形貨車や、神奈川県の団体からもらった、ヨ8627形車掌車もあり、若桜駅ではないものの、同鉄道の隼駅には、電化していないのになぜか石川県の北陸鉄道から、電気機関車まで頂いていまちゅ。

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なんか私の趣味の世界ばっかりで、辟易された方も多いと思います。

今回の記事の主役は、若桜鉄道が昨年3月のダイヤ改正で、列車本数がそれまでの10往復から、「1.5倍」となる、15往復(土日祝は14往復)になったことですよ~。

これが可能になったのは、若桜鉄道の中間駅である、八頭町(旧八東町)の八東駅で、対向列車との行き違い施設(単線なので)ができて、そのため列車の大幅増便ができたのです。

首都圏とか都会にお住いの方から見たら、「1時間に一本の割合で列車が来て、何が凄いの?」と思われるかも知れませんが、2~3分ごとに電車が来る大都会の鉄道と違って、これが田舎の現実なんです。

普通過疎地域ならクルマ社会で、鉄道やバスの需要は年々先細りで、鉄道事業者も「お客が乗らないから、列車を減便=さらに不便になり、最悪は廃線」となる構図なのに、若桜鉄道はその逆を行く、素晴らしい決断を下して下さってのです♪

過疎地なら高齢化も進んで、免許証を返上する方もいますから、やっぱり公共交通は大切で、若桜鉄道の場合は、沿線に鳥取県八頭高校があり、そこに通う高校生のために、「八頭高校前」という駅も造っており、利便性も高めるために、若桜鉄道は日夜励んでいるのです。

私の鳥取市の家の最寄り駅は、歩いて10分足らずの、JR因美線津ノ井駅なんですが、鳥取駅~郡家駅若桜鉄道の分岐点)は、通勤通学の需要も多いので、日中でも同区間は30分に一本、それがしんどかったら45分に一本は列車を運行させても、バチは当たらないし、むしろ利便性が高まってお客が増え、八頭町から鳥取市中心部まで、さらに気軽に行けて、夜は鳥取市の歓楽街である「弥生町」で酒飲んでも、飲酒運転の心配もないので、いいことばっかりですよ~。

それにしても若桜鉄道の「1.5倍の増便」、1年前の話とはいえ、久々に素晴らしいニュースです!

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皆さんお楽しみの、プルルンマツケンの時間です。

乳母車に乗っている私の顔、なんかこの世の春を謳歌しているように見えますが、撮影時期は1歳を迎えた時で、昭和45年12月ですから、もう冬なんです。

それにしても次姉が右手に持っている白いもの、綿菓子でしょうか?

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これもまた私が好きな写真で、次姉と仲良く写っていまちゅ。

背後のふすま、つぎはぎ修理もしていて、ちょっと恥ずかしいですが、昔はどこの家でもこんなもんだったのでしょう♪

この写真はプルルンマツケン生後5か月ですので、昭和45年5月でしょう。

今朝職場で鏡を見たら、目元や鼻の辺りはプルルン時代と変わらないので、私にもそのような可愛い時代(プルルン裕希もそうだが)があったのだと、改めて懐かしさに浸ってしまったっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

これを見たかっただがぁ~♪

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*これを見たかっただがぁ~♪

鳥取砂丘ビジターセンターに行って来ました。

入場は無料で、砂丘について学ぶことができます。

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鳥取砂丘がどのようにできたのか、ジオラマで分かりやすく説明されていまちゅ。

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砂ばっかりの乾燥地帯である鳥取砂丘にも、しっかりと植物は育っているのですよ~。

確かにハマヒルガオはよく見ます。

私も謁見したmiyotya様は、とにかく植物に詳しいので、彼女が鳥取砂丘に来たら、私に草花について案内して下さることでしょう♪

鳥取砂丘の西側には、有名な鳥取大学乾燥地研究センターがあります。

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植物だけでなく、クモさんなどの生き物も、鳥取砂丘には生息しているんですよ~。

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鳥取市には、旧日本陸軍の第40連隊があり、鳥取砂丘で演習もしていたので、銃弾も発見されています。

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そうそう!、これを見たかっただがぁ~(鳥取弁丸出し)!

前に読売新聞一面のコラム「編集手帳」に、このファンタグレープの缶が鳥取砂丘で発見されたことを書いていたので、私もこれを見るために、ビジターセンターに来たのです。

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このファンタの缶は、昭和43年(1968年)~昭和49年(1974年)に製造されたもので、確かに私もデザインに覚えがあるような?

ペットボトルにしても缶にして、土には帰らないので、ゴミは持ち帰って、お住いの自治体のルールに従って捨てないといけないと、改めて思った次第ですよ~。

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鳥取砂丘山陰海岸国立公園であり、そして現在はジオパークにも指定されています。

鳥取県との境界すれすれの、兵庫県美方郡新温泉町(当時は浜坂町)に原発を造ろうと企んでいた関西電力は、どう考えてもシャバいを通り越して、いかれているとしか言いようがないです。

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鳥取市というか、鳥取県では見たことがない、外国公館の専用車です。

途中この車が帰るとこを見たら、西洋人の方が乗っていて、たぶん大阪辺りの総領事館から、砂丘観光に来たのかも知れません♪

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鳥取県を代表する観光地の鳥取砂丘ですが、砂の美術館など新しい観光施設もできた反面、廃業した民宿もあり、少し寂しい気がします。

自動販売機は頑張って稼働していますよ~。

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冬の日本海は荒々しいですが、今の時期は波も穏やかです。

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一休みしていたプルルンマツケンシリーズは、これまた(自分で言うのも何だが)かわいい私で、まだ生後4カ月の時は、髪の毛が少ないでちゅ。

布団の柄も私好みで、もしこれが今でもあれば、マツケン指定特別寝具にしたいですよ~。

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五月人形を見ようとしているプルルンマツケン、これまた素晴らしい写真です♪

なおこの五月人形はプルルン裕希が生まれた時に、彼に引き継がれて、本当に素晴らしいことだっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

himekagura様にも食べて頂きたいし、私も食べたい!

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*himekagura様にも食べて頂きたいし、私も食べたい!

ブログ友のhimekagura様は、大の卵好きで、私も同じくなんです(o^_^o)v!!!

普段悪さばっかりしている私ですが、たまには善行もしとかんとイケンと思い、himekagura様のブログに、愛媛県今治市名物の「焼豚玉子飯」についてコメントを書いたら、彼女は意外にもその存在を知らなかったみたいでちゅ。

と言うことで、焼豚玉子飯の写真をアップ(写りが悪くてスミマセン)しましたよ~。

焼豚玉子飯今治市の中華料理店である、五番閣さんでその原型ができて、元々は賄い飯だったようです。

それを今の形にしたのが、白楽天さんで、今では焼豚玉子飯の「聖地化」となっているみたいです♪

焼豚玉子飯は丼に盛られたご飯に焼豚を乗せて、特製ソースをかけて、さらに目玉焼きをプラスするという、きわめて簡単?な料理ですが、テレビの秘密のケンミンショーでも取り上げられて、B級グルメグランプリでも勝ちまくって、とにかく美味げなお料理ですよ~。

焼豚玉子飯はとにかく今治市の、超ドローカルな料理で、同じ愛媛県でも県都松山市出身の方は「その存在を知らなかった」とのことです。

なんか「鳥取牛骨ラーメン」を知らなかった私(牛骨ラーメンは鳥取県中部地域のローカル料理で、東部地域出身の私には分からなかったです)と同じ感じがします。

私の小学校1年生からの親友であるTDちゃん(男)の奥さんの出身地が、これまた今治市なので、会う機会があれば焼豚玉子飯について、談義したいでちゅ。

焼豚玉子飯はお取り寄せもできるみたいですので、himekagura様にもぜひご賞味して頂きたいです♪

なお私は四国四県では、愛媛県だけ行ったことがないので、「焼豚玉子飯喫食旅行」を、コロナワクチン接種がある程度進んで、緊急事態宣言が収まれば、実行したいです。

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昨日から鳥取市に帰っていて、今朝大阪朝日放送(ABC)で、「土井善晴のおかずのクッキング」を観ました。

himekagura様は土井先生のファンでもあり、実際先生のお料理を参考にされてますので、本当に大したものですよ~。

本来大阪朝日放送は関西2府4県+徳島県でしか視聴できませんが(地デジ化前は三重県伊賀地方でも普通の電波で視聴可能だった)、ケーブルテレビのおかげで、鳥取市+岩美町(兵庫県と接した鳥取市の東隣の町)では、同放送が観れるわけです。

焼豚玉子飯をもし土井先生が作ったら、どのようなものになるかワクワクしまちゅ。

私は「高級」という言葉が好きで、それを使いまくってますが、食の世界ではミシュランの星の数云々もあるものの、B級グルメも美味いものがあるだけに、AもBも関係ないと思いますし、土井先生も本来はフランス料理が専門のはずにもかかわらず、庶民的なお料理を作るのも素晴らしく、本当に食の世界って奥が深すぎだっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

最低必要手取り給与の「大台」に乗りました♪

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*最低必要手取り給与の「大台」に乗りました♪

4月30日は給料日で、銀行に行って給与振込額を見たら、「大台」に乗っていて、私もウハウハでした(o^_^o)v!!!

個人によって「文化的生活ができる給与額」の感覚は違うでしょうが、共産党八尾柏原地区委員会の専従職員の給与(遅配もあり)が、14万円だったのには、マジ驚愕しましたよ~。

そりゃぁ~共産党の専従の配偶者は、公務員や教員、看護師といった固い職業の人が多いのも、分かる気がします。

介護の世界も給与は安いのは、皆さんもご存知でしょうが、ほとんど夜勤の私の場合は、さほど悪くもないですし、1月31日に貰った、処遇改善加算金の33万円もありましたので、今の私にとっては、介護は「儲かる仕事」なんです♪

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ただし夜勤手当は7千円ですから、1日日勤が増えたら、夜勤手当はその分がゼロになるというリスクもありまちゅ。

幸い4月は本来日勤が1日入っていたのに、同僚が熱を出して、私が休みを返上して夜勤に入ったのも、大きかったですよ~。

7月になればボーナス(私は初めて貰う権利を得ていると思います)もあり、この金額は処遇改善加算金と比べたら、大したことはないと聞いたことはありますが、そこからプルルン裕希の明治大学授業料も、出さんとイケンわけです。

ちなみに「大台」ですが、あと5万円多ければ、八尾民商事務局長時代の手取り給与と同額になるのです。

ただし5万円差のうち、3万円は残業代なので、実質的には2万円差まで迫っているわけです。

もちろん民商末期の半年間いた、都島民商の時よりも、今の老健の給与の方が多いのです。

そもそも八尾民商とケンカして、都島民商に行った私ですが、給与額は八尾時代よりも23%も減少したという、今でも許せない屈辱を受けたのです。

その怒りが爆発して、私が八尾民商の事務局長時代から合わなかった、都島民商のK村とは揉めてばっかりで、K村が私を侮辱する言葉を吐いたので、それがとどめの一発となり、18年9か月いた、民商の世界から脱退して、共産党も即日離党したわけです。

それから介護福祉の世界に転向して、2019年3月に介護福祉士の国家資格を取り、その時は「民商共産党、ざまあみやがれ!」と、喜びを感じたのです♪

私が介護の世界に入る時は、純子ちゃんが一番驚いてましたが、彼女も勤めていた小さい商社が潰れる寸前で、残務整理の後退職して、いくつかのつなぎの仕事をした後、病院の看護助手(実際は介護職)として入職して、介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級

の資格を取り、そして実務者研修(旧ヘルパー1級)の取得も現在目指していまちゅ。

純子ちゃんも病院で勤めているのが有利だったためか、既にコロナワクチンを接種していて、羨ましい限りです。

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シリーズ化したプルルンマツケンの幼少期写真です。

生後6か月ですので、昭和45年6月に鳥取市古市の昔の家の隣で、写されたものでしょう。

黒い服を着ているのは、右が長姉、左が次姉で、その後ろには近所の子どもも「見学」来て、写真にちゃっかり収まっています。

母親に抱かれているのが、私ことプルルンマツケンで、髪型が何ともカッコいい、「バルカンヘア」(私が命名)というのが、これまた素晴らしいですよ~。

私は「ぎり」(つむじ、うず)が2個あって、そのため頭のてっぺんに、火山みたいな三角錐のような髪型が出来やすいのでしょう♪

私の母親も当時は27歳で、黒柳徹子さんみたいな玉ねぎヘアが、時代を感じさせまちゅ。

この時は世間では大阪万博で盛り上がっていたでしょうし、私の母親の父親(母方祖父)は終戦後、大日本帝国海軍将校だったため、戦後は苦労したようですが、その後米子市内で建設会社を興して、その会社の昭和45年の社員旅行の行き先が、大阪万博だったみたいです。

2025年には、関西・大阪万博も開かれるようで、それまでにコロナはどうなっているか分からないだけに、大阪府の吉村知事がコロナの記者会見の時に着ている防災服には、エキスポのロゴも刷られていて、これにはマジ違和感を覚えます。

私も純子ちゃん、プルルン裕希、義父母と一緒に、愛知県日進市に住む義母の姉?妹?の家で一泊させて頂き、2005年の「愛・地球博」に行っているので、万博批判をする権利は、私にはないかも知れんっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

2回目のPCR検査も陰性でした♪

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*2回目のPCR検査も陰性でした♪

昨日職場からコロナウイルスの2回目となる、PCR検査結果を貰いましたが、陰性で良かったです。

と言うのも3月20日に鳥取市で開かれた、中学校時代の同期会(元生徒(男ばっかり)9人+F先生=合計10人)に参加した時は、鳥取県の3月のコロナ感染者は、1人しかいなかったのに、同期会の後から急激に感染者が増えて、私も顔が青くなったでちゅ。

あの夜はみんな最初はマスクを付けていたのに、酒が回ったらマスクを外して大声でしゃべって笑っているのですから、ブログ友のSPYBOY様がコメントされたように、スーパーメトロポリタンの東京だったら、恐らくクラスターが発生していたかも知れないですよ~。

なお同期会の参加した時点で、私は第1回目のPCR検査は陰性の結果でした。

↑のいらすとやさんの絵ですが、唾液によるPCR検査について書かれていて(私の検査も同じ形で検体を取りました)、あまりキレイとは言い難いです。

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検査結果が「陰性」なら、やっぱりほっとします。

陰性の「陰」は「山陰地方」(鳥取県島根県および、北近畿も含む場合あり)の「陰」であり、検査結果の時にこの漢字を見たら、ホント安心します♪

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またまた懲りずにプルルンマツケンの幼少期の写真です。

白魔女様など女性ブログ友が、ツツジの花をアップされてますので、私も負けずに「マツケン国花」と一緒に写っているのを公開しますよ~。

撮影場所は鳥取市古市67番地にあった、鳥取市の昔の家の玄関前で、当時の私は1歳4か月とのことですから、昭和46年4月ということでしょう。

私が右手に柄杓を持っているのは、なぜなんだろう?

私の鳥取市の昔の家は、周りがツツジの木に囲まれていて、春になれば美しい花を咲かせてくれて、まさにマツケンの心の花になるわけでちゅ。

なお私の本籍地もここ、鳥取市古市67番地です♪

このように美しいお花に囲まれて成長したのに、植物のことには疎く、昨秋10月に可児市花フェスタ記念公園に行った時は、案内板が丁寧で知識のない私でも楽しめたのは、さすがは鳥取市に次ぐ都市格がある、可児市だけのことはあるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

「言うだけ番長」ならいらん!

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*「言うだけ番長」ならいらん!

大阪府はコロナの緊急事態宣言を、政府に要請しました。

3月の時は吉村知事は「経済を回さないといけないので、前倒しして緊急事態宣言を解除してほしい」とお願いして、その結果が(変異株が東京よりも流行っていることを考慮しても)これなんですから、いい加減にして欲しいですよ~。

吉村知事は在阪ローカルのテレビに出まくってますが、そんな暇があり、パフォーマンスばかりしているのなら、西日本で一番大きい県の知事の資質があるのか、疑問に思います(o^_^o)v!!!

まあ「東京には来ないで下さい」と言っている、小池都知事も同類でしょうが、その割には「東京オリンピックは来てください」ですから、訳が分からないです♪

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もう大阪府の場合、医療崩壊していますから、滋賀県から看護師とかの派遣要請もしているようです。

吉村知事も第三派が収まったら、コロナ病床を減らしてしまい、今になって慌ててますが、休耕田で稲作を作るのに、10年かかるのと同じく、コロナの場合も病床を一度減らしたら、またそれを再増床させるのは、難しいとのことでちゅ。

吉村知事は九州帝国大学を卒業して、超難関の司法試験に合格して、弁護士になっているだけに、頭は全然良いはずですが、医学のことはさっぱりで、それなら医師資格を持った方が、知事をしてくれた方がいいですよ~。

私も大阪府内の飲食店を応援するために、昼食は外食することもありますが、昨日行ったお店では、「緊急事態宣言が出たら、昼間でも休業になりかねませんので、来店する時は電話下さい」ということで、お店の名刺を貰いました。

それにしてもコロナ、菅首相がワシントンを訪問して、ファイザー社と交渉して、9月中には日本に住んでいる人(16歳未満は除く?)の分の目途はついたと、河野コロナワクチン相は言いますが、どこまで信頼していいのか分かりませんが、とにかく本当なら良しとしませう。

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前回から始まった?、プルルンシリーズですが、上の写真は生後1か月(昭和45年1月)の、プルルンマツケンでちゅ。

ひと月も経てば、顔つきも今に通じるものがあります。

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こちらは生後しばらくしてから撮影した、プルルン裕希です。

どう見ても「マツケン」「裕希」といった「両プルルン」と、顔が似ているような、というか、同一人物に見えないこともないですよ~。

私の母親や、義父や保育士さんが言っていたように、とにかく顔が似すぎです。

プルルン裕希も今年の9月25日で20歳で、成人になり、さすがに結婚はまだ先でしょうが、その時私から見て孫が生まれたら、性別関係なしに「プルルン」の称号を引き継がせんとイケンっちゃぁ~(^o^)ノ!!!

 

弟キャラ!

 

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*弟キャラ!

皆さんご存知だと思いますが、私には4学年年上の長姉(純子ちゃんと同学年)、2学年年上の次姉がいます。

先日ブログ友で、私と二度も拝謁して下さった白魔女様のブログコメント返信に、「マツケンさんは弟キャラですね!」と書かれていて、私も「言われてみたらそうだっちゃ!」と思った次第です(o^_^o)v!!!

↑のいらすとやさんの絵では、男の子が真ん中(姉、弟、妹)みたいな感じですが、私の場合は姉が二人なので、これは凄いのかそうでもないのか、よく分からないです。

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私も姉二人とは、仲よく遊んでいました♪

私が中学校3年生の時(1984年・・・昭和59年)に長姉は大阪府柏原市(八尾市の隣)の短大に進学して、私も鳥取市から長姉を訪ねて大阪まで行って、難波の地下街「虹のまち」(現在のなんばウオーク)の中にあるお店で、カレーライスを奢ってもらい、そのカレーの味が「さすがは西日本で一番大きい町のことだけある」と、感激したことを今でも覚えていますよ~。

もちろん鳥取市にも「ベニ屋」さんという、テレビにも取り上げられる、有名カレー店はあるのですが。

その後千日前のプランタン難波(今はビックカメラになっています)に行って、シンセサイザーの音が響く店内を見て、長姉は「○○(私の下の名前の漢字表記)は、こんなんのに興味はあるだか?」と聞いてきて、当時はシンセサイザーを広めた、YMOも人気だったので、当時の私も興味深くその不思議な音を、鑑賞していたのを覚えていまちゅ。

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姉弟が揃った写真です。

撮影時期は昭和47年ぐらいでしょうか?

場所は言うまでもなく鳥取砂丘です♪

しゃがんでいる私(プルルンマツケン)で、その上が長姉、右にいるのは次姉でちゅ。

今思うと幼少の頃って、姉二人と仲良しで、もちろん今でも良好な関係を持ってますから、親を共にする者同士、絶対にケンカしたらイケマセンよ~。

私も幼少の時の写真を、たまに見るのが好きで、自分自身にもこんな時があったのかと、思わず懐かしがって、それに見入ってしまいます。

父親が生前時に、「とにかく姉弟仲良くしろ」と言ってましたが、中には「兄弟姉妹は他人の始まり」という、悲しい考えを持つ人もいるようで、私も八尾民商時代に、実母や兄弟姉妹と遺産で揉めて、縁切りした会員を見ているだけに、ホント財産は身内同士をもを狂わせるもので、その点ウチ家は相続が上手いこといって(私は父親の遺産を一切引き継がないことにしましたが、これで良かった!)、その点では幸せだと思いますので、これからも「弟キャラ」で奮闘していきたいもんだっちゃぁ~(^o^)ノ!!!