夜勤がさらに追加!

*夜勤がさらに追加!

4月21日から5月20日までの一か月間、夜勤に6回入ったためか、当然増収となり、ついに大台に乗りましたよ~。

さらに処遇改善加算金のおかげで、さらに増えて、給料との合算では、あと5万円多ければ、八尾民商時代の給料(もちろん現職と同じく手取り額)と同じになります。

それにしても先日の夜勤が終わった日が、給料の支払い日でしたので、銀行通帳を見たら、久しぶりに大金を稼いだ喜びで一杯です♪

さて今朝出勤したら、職場の主任(女性)が、「マツケンさん(実際は本名)、お願いがあるんだけど」と言うので、私が「お小遣いでもくれるのですか?」と冗談口をたたいたら、すかさず主任は「なんでやねん!」と、ツッコミを入れてくれました。

話を聞けば、「悪いけどもう1日6月度は、夜勤に入ってくれない?」とのことでした。

まあ私も給料増加で浮かれていて、一つ返事で引き受けたのです。

ただし私は当初夜勤は「月4回」という話で、それが5回、6回と増えていったので、さすがに7回はお金の問題を超えて、ちょっとしんどいので、7月度以降は6回までに抑えまちゅ。

それでも5月分の給与明細を見たら、イヤでもニヤニヤしてしまいます(o^_^o)v!!!

夜勤は介護施設や病院だけでなく、警察や消防はもちろん、企業の工場でもあるもので、私も岐阜県可児市在住時は、大企業の工場で昼夜二交代で働いていて、当時二十歳で若かったとは言え、さすがにしんどかったです。

でも当時はバブル絶好調の時で、私にような青二才にも、手取りで給料を35万円くれて、その数字は現在でも破られていません。

さてプルルン裕希のせいで、夜勤をするしかなくなった私も、「前々職のグループホームでも夜勤があったが、拘束時間は21時~9時だし、利用者も8人しかいないので楽だった」と思っていて、2ユニットで最大20人の利用者がいることもある、我が老健施設は、大変だと思い、今年の12月で51歳になる私にとっては、本当にできるか心配でしたよ~。

ただ工場は機械に人間が使われる夜勤で、労働時間は20時から翌朝8時までと拘束時間がこれまた長く、仮眠時間は当然ないですし、45分の夜食休憩と、いくらかの小休憩があり、当時20歳の私でも、マジにえらかったことを思い出したでちゅ。

逆に今の老健施設はオムツを付けて寝させてしまえば、後は定期的なオムツ点検と事務仕事だけで、「自分の段取りで楽ができる」というのが、工場夜勤との大きな違いです♪

他のこまごまとした仕事も、夕食後に済ませておけば、さらに負担は軽くなり、22時ぐらいには事務所で横になってくつろいで、テレビを観ていたらいいので、これで高額?の夜勤手当が貰えるのですから、美味しい話かも知れません。

よく「夜勤専従」の介護職員求人も目にしますが、日当(正職員ではなく、バイト扱いが多い)も良く、それで月に10日間働いたら、かなりいい給料になります。

ただし夜勤ばっかり増えたら、入浴介助やシーツ交換のやり方も分からなくなる(夜勤では前者2つの仕事はありません)ので、「日勤6+夜勤4」の割合が、丁度いいっちゃぁ~(^o^)ノ!!!