「鳥取県人」として


*「鳥取県人」として
今朝の朝日新聞社会面32ページにこのような見出しがありました。
「兄弟 今は別れても」「高2、地元で両親探す 中3、祖母待つ鳥取へ」と大きく書かれています。
内容を朝日新聞記事から引用すると、東北関東大震災でも被害が大きかった、宮城県南三陸町で被災して、小学校教員の両親が今でも行方不明の兄弟のことが書かれていました。
高校2年生のRさん(17歳)は今でも両親を探して町中を回っています。
弟のTさん(15歳)は中学校を卒業したばかりです。
兄のRさんは「弟を安心できる環境に置いてあげたい」という兄心で、母方祖母がいる鳥取市に弟のTさんを委ねることにしたとのことです。
鳥取県の職員が支援活動を終えて帰るバスにTさんを乗せて、Rさんも手を振って見送りました。
兄弟ともに両親が行方不明という現実は、到底受け入れることができないことだと思います。
それでも兄は故郷を守るため、そして自分自身の夢である自動車整備士の資格を取るまで頑張るという固い決意のもと、愛する弟を宮城県から遥かに遠い鳥取市に一時移住させる決断をしました。
弟のTさんも、地元で高校に進学したかったと思います。
祖母がいるとは言え、全くの異郷の地である鳥取市になじめるか不安も大きいと思います。
私は言うまでもなく鳥取県鳥取市で生まれ育ちました。
現在鳥取県内にも大震災で疎開してきた家族などが増えてきています。
鳥取県人の県民性は「おとなしく引っ込み思案、でも真面目で粘り強い」ということです。
東北地方の方々の県民性と似通ったところがあると思います。
私も「鳥取県人」として、何ができるか思案しています。
Tさんも鳥取市内の高校に進学しますが、当然小学校や中学校の友人はいないということです。
Tさんと同級生となる新高校1年生の皆様にお願いです。
Tさんを同じ仲間として温かく迎え、そして励ましてあげて下さい。
我が故郷鳥取市もかつては鳥取地震鳥取大火で甚大な被害を受けた自治体だけに、その「復興精神」は平成生まれ、21世紀生まれの若い鳥取市民にも引き継がれていると確信しています。
Tさんが楽しい高校生活を過ごせて、両親が行方不明という心の傷を癒してあげるために、すべての鳥取市民、いや鳥取県人が協力応援して欲しいのです。
鳥取県人にはそれができる県民性があります。
いつの日かTさんの故郷宮城県南三陸町が復興して、彼が故郷に帰れることを切に願わずにはいられません。
中学生〜高校生という時期は人間にとって大切な時代です。
これから鳥取市で過ごすTさんの経験が、南三陸町の復興と発展に生かされたら本当に嬉しいと思います。
Tさん、故郷を離れてつらいと思いますが、鳥取市には祖母様もいるし、やさしい人が沢山います。
お兄さんのRさんと離れ離れで寂しいですが、必ずこの試練を乗り越えて幸せになって下さい。
私も鳥取県人の一人として、Tさんそしてお兄さんのRさんの未来が明るく照らされることを、鳥取市で、そして八尾市で祈っています。