*お城はなくても、「白亜の洋館」はあります♪
上の写真は、鳥取市のシンボルである、明治洋風建築である「仁風閣」(じんぷううかく)です。
JR西日本のCMにも、このアングルである映像が使われていまちゅ。
仁風閣の北側にある、鳥取市の象徴である久松山には、鳥取城址の石垣が今でも健在で、歴史的に貴重なものは、復元もされています(o^_^o)v!!!
鳥取城を復元させようという話もかつてはあったのですが、建築当時の設計図がなくって、歴史考証がないものを、仮に個人の私財で造っても意味がないので、現在のままででよろしいです。
白亜の洋館である仁風閣に近づいてきました。
仁風閣は国の重要文化財に指定されていますよ~。
そもそもは旧鳥取藩の池田仲博元藩主の別邸として建てられたみたいですが、明治時代終盤に、皇太子(後の大正天皇)が鳥取市に来た時の。宿舎になったのでちゅ。
敷き詰められた小石が美しいです。
上の写真は日露戦争の日本海海戦で総司令官だった、東郷平八郎直筆の扁額です。
ブログ友のiirei様が、この扁額に以前から興味を?持たれていて、今回写真を公開した次第でちゅ。
仁風閣の2階からは、鳥取県庁本庁舎(手前の茶色い建物)、同じく第2庁舎(本庁舎の奥の、屋上にアンテナがある建物)、鳥取県警察本部(県庁の左側)が見えます。
鳥取県庁の本庁舎を見たら、いつもそこで勤めていた父親を思い出しますよ~。
いうまでもなくここは、鳥取県の中枢と言えるのです。
仁風閣の中には、さまざまな部屋がありますが、ちょっとだけ紹介します。
上の写真は「謁見室」で、皇太子(大正天皇)がここで、鳥取市の政財界の方々と会っていたのでしょう。
写真左中央の、鏡の下にあるのは暖炉で、仁風閣の各部屋には、ほぼありました。
ここは「御食堂」です。
円卓テーブルが美しいですが、先の謁見室と同じく、椅子やテーブルと言った調度品は、当時のものと一緒なのでしょうか?
まあ「手を触れないで下さい」という、注意を喚起する表示もありますので、オリジナルなら大したものです♪
照明(シャンデリア)も、いい味を出しています。
確か仁風閣は、鳥取市で初めて電灯がついた建物で、そのため現在の鳥取市国府町上荒船に、水力発電所(現在もありますが、メッチャ小さいです)を造って、電気を通したようでちゅ。
仁風閣の見どころは、やっぱりこの美しい「螺旋階段」ですよ~。
これを見なかったら、ドイツに行って、ブランデンブルグ門や古城を見ない、フランスに行ってパリを訪れない、アメリカニューヨークに行って、自由の女神を見ないのと同じことです。
正面とは反対側から見た仁風閣です。
表と裏とでは、雰囲気が違いますし、日本庭園との組み合わせが、これまた似合っています♪
鳥取市にはお城はなくても、仁風閣がその代役を、十分に果たしとるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!