母親の考えは古いのでは?

*母親の考えは古いのでは?

実は私は、1月4日からまた新しい職場に転職しました。

昨年10月1日に、八尾市内のサービス付き高齢者住宅(サ高住)に、キャリアアップを狙って転職したものの、仕事内容は家政夫そのもので、せっかくの国家試験である、介護福祉士の資格を生かせれなかったのでちゅ。

同僚はみんないい人ばかりだったものの、あまりにも親切すぎて、困ったこともあります。

例えば私が利用者のトイレ介助や、おむつ交換をしている時、常にサ責の職員など、先輩がべったりと引っ付いてくるのですよ~。

「マンツーマンで丁寧に指導」なのは分かるものの、私も介護福祉の世界で、4年余りも働いているだけに、今日昨日から初めて介護の仕事を始めた、ズブの素人ではないだので、さすがにこれは息苦しかったでちゅ。

そして今度は八尾市の北隣にある、東大阪市の介護老人保健施設老健)に転職しました。

気になる通勤時間は、八尾市の高級賃貸マンションから、自転車で近鉄八尾駅まで7分、そこから準急電車に乗って、ノンストップで東大阪市の中心駅である布施駅まで5~6分、さらに徒歩で職場まで5分と、電車の待ち時間を除けば、17分(実際は25分はかかります)で行けますよ~。

ちなみに職場は、医療法人が経営母体であり、7階建ての高層建築なんです。

収容定員は100人(実際は90人前後が入居)で、今までの中では、最も規模の大きい施設になります。

大所帯でもユニット制のため、各階に食堂があり、少人数となるので、意外と楽なんです♪

圧巻なのは入浴で、週2回お風呂の日が設けられていて、大浴場に1日で全利用者の入浴を済ませるわけです。

老健施設のいいとこは、特養や有料老人ホームが「終の棲家」なの対し、老健は「リハビリをして、元気になって家に帰って頂く」というもので、明るく前向きな姿勢に、私も共感したのです(o^_^o)v!!!

もちろん家政婦みたいな働きではなく、介護福祉士として頑張れるのが、嬉しいです。

先日母親に電話して、「再転職した」と話したら、「何で仕事を変えるの?」と、訝しげな声で聞いてくるのでちゅ。

母親は昭和17年(1943年)12月8日生まれで、同じ12月生まれの私とは、歳が27歳違いますので、モノの考え方に違いがあるのは、仕方ないかも知れません。

母親はとにかく、職場に嫌な人がいても仕事に不満があっても、我慢して働けという考えで、確かにそうでしょうが、合わない仕事を無理してやっても、使用者+労働者にとって、不幸極まりないです。

母親の父親(私の母方祖父)は、大日本帝国海軍の将校で、終戦後は鳥取県米子市内で建設会社を興し、お金持ちになっただけに、当然ながら母親はお嬢さん育ちなんですよ~。

そして鳥取県職員の夫(当然私の父親)となり、安定した生活に就けたので、よく考えたら母親は、人生の勝者なのかも知れません♪

もちろん母親も仕事は学研のおばちゃん、鳥取市内の高級料亭での仲居さんなどを経験してますが、やはり世間知らず感が漂っているのは惜しい!

私が再転職したのは、真にキャリアアップしたいのが目的だっただけに、その点を理解して下さいというのも、無理があったりして?

確かに私の父親は、鳥取県の幹部職員にまでなって、年収が1000万円、退職金も3000万円貰っているので、公務員の妻は冒険を嫌がるのでしょう。

ましてや甥(私の長姉の長男)が、ご存知の通り、厚生労働省の職員となり、現在静岡市で頑張って働いてますから、私の再転職はなおさら母親から見たら「仕事をコロコロ変える遊び人」に映るのかも知れないでちゅ。

でも私は民商に19年近く勤めてましたので、仕事はそんなに変わっていないのです♪

もちろん公務員や銀行員になって、辞めてしまったらもったいないだけに、母親の考えは古いと思う反面、分からない気もせんでもないっちゃぁ~(^o^)ノ!!!