友達とは♪

*友達とは♪

私の人生の汚点は、昭和60年(1985年)に、鳥取県立高校に入った時、小中学生の友人(そこは共産党一家)から「マツケン、民青(共産党の二軍である、日本民主青年同盟)に入らんか」と誘われ、単純な私は一つ返事で、それに入ってしまったのでちゅ。

それにしても鳥取市自民党が強いとこなのに、私の周りは共産党ばっかり。もう笑うしかないですよね(o^_^o)v!!!

何でも彼が私を民青に誘ったのは、「マツケンは政治に関心があり、そして詳しい」というのが、理由だったみたいです。

私はそれから11年後に、共産党に入党(2015年1月7日に離党)して、そこから私の人生の「間違い」?が始まるわけです。

まず共産党員になったら、「堅気の友達を最低でも3割は減らすこと」です!

私も実際にそれを経験しているだけに、共産党に限らず特定の政党(共産党以外なら公明党)に入れば、その傾向は強いです。

私の経験談としては、八尾民商に入局後、近所の焼き鳥屋の店主に会い、私が民商の名刺を渡したら、そのオッサンは「民商共産党だろ~!」と、その名刺を突き返してきて、その後私はその焼き鳥屋には行かなくなりました。

バカじゃない?、お客さんをそれで1人無くしてしまったんだで。

それと結婚にも響くこと!

私も純子ちゃんと1999年に結婚しましたが、彼女の両親は「その男(マツケン)は共産党だからやめとけ」と、忠告をしたようです。

でも純子ちゃんの姉(大阪大学卒業!)が仲立ちしてくれて、私の両親と純子ちゃんの両親が面会して、後に義父になる彼女の父親は「お父さん(私の父親)は、『共産党』ではないと、分かりましたよ~」と言い出し、そりゃ鳥取県の幹部職員(次長)である私の父親は、当然共産党と縁もゆかりもないです。

そもそも私の父親は公明党共産党が大嫌いで、私が民商に入局した時なんか、「民商がどんな団体か、分かってるのか~!」と怒り出し、母親も「さっさと辞めてほしい」と言い出す始末でした。

でもおかしいなぁ、母親は仕事をコロコロ変える人間を、否定しとったはずなのに、早期退職を奨励しるのも、おかしな話でちゅ。

なお共産党員の配偶者は、同じく党員としか結婚しない、これは(特にマミヤン+M田+I本+E村柏原市議会議員)私の周りではほぼそうであり、堅気の純子ちゃんと結婚した私って、メッチャ稀有な存在ですよ~。

共産党員と言うだけで、全てを否定されるのもどうかと思うものの、これが同党の世間の評価であるのは、私も認めるとこです。

私も民商の世界から足を洗った直後、それまでブログ上では「中小業者団体」と表現していたのを、ズバリ「民商」と表記を正しいものの変え、私自身がそこの事務局長+共産党員であったと言うこともカミングアウトしました。

私もそれまでのブログ友が逃げ出すかと思ったら、「全然逃げない」ので、中には自民党公明党創価学会の方もいるはずなのに、なぜ皆様と長いお付き合いができるのか、本当に嬉しい限りです♪

今でも私の心の糧になっているのは、近畿大学短期大学部商経科時代の友人(私より年上の女性で、兵庫県三田市出身で、一時伊丹市内で兄と住んでいて、税理士と結婚して京都市に移住)である、F本N子さんであり、八尾民商に入局=共産党員になった私に対して、「思想信条云々ではなく、マツケン君の『人間性』を見て、私たちは友達関係なんだから、気にしないで」と、嬉しいことを言ってくれて、もちろん彼女とは今でも交流はありますよ~。

やっぱりこのような関係を「友達」と言うのでちゅ。

なおマツケン友達法はその基準が厳しく、鳥取市にはたくさん友達がいるものの、関西2府4県で友達と認定しているのは、前述のF本さんともう一人のI西君(奈良県香芝市在住)のみでありますが、私の母親や姉2人、純子ちゃんにプルルン裕希、純子ちゃんの姉やその夫(義兄)、そして職場老健の上司や同僚も「友達」と思ってますので、私も毎日楽しい日々を送っとるっちゃぁ~(^o^)ノ!!!